近年ではモノや環境,時空間が限定された行事等だけでなく,日常的な営みである生業が遺産化されている.文化遺産や歴史的環境に関わる先行研究では,遺産化による脱文脈化・再文脈化や序列化,文化遺産の活用における保存の論理と商品化の論理との矛盾をめぐる諸問題が指摘されてきた.しかし生業は第一義的には生産活動であるため,その時々の社会経済的動向に適応しながら成立しつづけなければ,その「保存」は難しい.また担い手の身体や生活と不可分であり,生業の遺産化を既存の理論枠組みでとらえるには限界がある.そのため海女漁の事例を取り上げ,遺産化において生業・生活の主体としての海女や地域住民が,水産業,観光業,文化遺産など複数の側面をもつ海女漁といかに関わっているか,地域の社会経済構造との相互関係にも注目しながら明らかにし,理論枠組みの再考を目指した.相差町は高度経済成長期以降,民宿と漁業の両立というかたちで観光地化を受容してきた歴史があり,海女漁の遺産化はこの文脈上で受容された.相差は一見すると漁業を主幹産業とする伝統的な漁村構造から変容したが,それによって家業としての海女漁の継承という伝統的なしくみが維持されていた.また遺産化は制度政策的なスケールでは価値や関わり方の脱文脈化・再文脈化,序列化をもたらしていたが,地域社会のスケールでは,海女や地域住民の生業・生活に適応したかたちで受容され,海女漁の継承を支えるはたらきをしていた.
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