抄録
本研究では、紀行文の記述を手がかりとして、和歌を詠むためのものであり、位置が曖昧なものであった歌枕が、旅人に訪問され、その経験が紀行文に記されることを通じて、位置の情報が共有され、名所となっていく過程について検討した。対象としたのは、三河国八橋と、山城国冴野の沼である。紀行文は、江戸時代を通じて、各歌枕にかんする記述が確認できるもの参照した。なかでも、歌枕への訪問に特徴的な記述がみられる石出常軒の『所歴日記』(1664)を分析の糸口とした。紀行文の記述からは、江戸時代の初期には位置も曖昧で、「見るもの」もなかった歌枕が、旅人による紀行文への記録が繰り返されることを通じて、見るべき・訪れるべき名所に変化していく過程を詳らかにすることができた。旅人が歌枕を訪れ、その景観や情景を記録することで、広く情報が共有され、歌枕の名所化が進んだといえよう。