抄録
本稿は、戦後の国鉄時代(1949-1987)における列車時刻表の読書行為をモビリティの観点から考察する。時刻表とは、列車の運行を定めたダイヤグラムを利用者向けに翻訳したもので、各線区のそれを網羅した月刊の書物を指す言葉でもある。その書物はほとんど数字と記号からなる情報誌であるにもかかわらず、日本では人気を博し多数の愛読者を作り出してきた。本稿は単なる利用とは区別される時刻表の「読書」に着目し、それを「想像されたモビリティ」と「実現されたモビリティ」の2つの局面を行き来する「モビリティ経験」の過程として捉える。『時刻表』の読者欄及び「時刻表の読者」が書いた随筆や書籍に現れる読書の諸相に迫り、時刻表を読むことが単に「旅を計画すること/準備すること」だけではなくさまざまな他の行為を創造したり、またその諸行為との関係のなかで行われることを明らかにする。そうすることによって、複数の時制にわたってさまざまなモノや行為を媒介しながらそれらを連結させる旅のダイナミズムを浮き彫りにする。