抄録
アドリアマイシン(ADM)は様々な悪性腫瘍の治療に幅広く用いられている抗癌剤である。主な作用機序としてはDNAへのインターカレーションによる核酸合成の阻害やトポイソメラーゼIIの阻害などが知られているが、これまでに認められている作用は多岐にわたり、不明な点も多い。また、ADMを用いた癌の化学療法においては癌細胞のADMに対する耐性獲得が大きな障害となっている。耐性獲得機構としてはADMの細胞外排出に関わるトランスポーターの過剰発現などが知られているが、既知の機構だけでは説明できない耐性細胞も存在する。したがって、ADMを用いた癌治療を効果的かつ安全に行うためにも、ADMの毒性発現機構の全容解明が不可欠である。そこで、本研究では遺伝学的解析が容易で全ゲノム配列が決定している出芽酵母を用いてADMに対する感受性を決定する因子のスクリーニングを行った。出芽酵母は約6000の遺伝子を持つが、そのうち生存に必須な遺伝子を除く約5000種の遺伝子をそれぞれ欠損させた酵母を1株ずつADM存在下で培養したところ、欠損によって酵母にADM耐性を与える遺伝子105種、高感受性を与える遺伝子254種がそれぞれ同定された。欠損により酵母にADM耐性を与える遺伝子の産物には、細胞骨格・エンドサイトーシスやユビキチンプロテアソーム経路に関わる蛋白質が多数含まれていたが、これらの蛋白質とADM耐性との関係についての報告はされていない。また、欠損により酵母のADM感受性を増強させる蛋白質として、これまでに報告のあるDNA修復や電子伝達系に関わる機構以外にも、細胞内情報伝達系に関わる因子やリボソーム蛋白質などが同定された。本研究結果は、これまで予想されなかった多くの細胞内因子がADM毒性に関与していることを示しており、ADM毒性発現機構の全容解明に有用な知見を与えるものである。現在、各々の細胞内因子が関与するADM毒性発現機構を解析中である。