抄録
ベンゾ[a]ピレン(BaP)などの多環芳香族炭化水素(PAHs)は、肺ガンなどの悪性腫瘍や動脈硬化性疾患などの発症に関与している。PAHsは、多環芳香族受容体(Arylhydrocarbon receptor; AhR)を介して誘導される生体異物代謝系酵素群(CYP1ファミリー: CYP1A1、CYP1A2、CYP1B1)による代謝活性化が毒性発現に重要であると考えられているが、代謝活性化に直接関与する酵素、毒性を有する化学物質の代謝産物、その化学物質による毒性発現分子機構などは、まだ十分には解明されていない。本研究では、BaPが誘導する毒性発現分子機構へのCYP1ファミリーの役割を解明するために、Cyp1ファミリー遺伝子欠損マウスにおけるBaP誘導毒性について解析した。BaPを経口投与したところCyp1a1欠損マウスは30日以内に致死に至った。一方、野生型マウス、Cyp1a2、Cyp1b1欠損マウスには肉眼的な毒性所見を認めなかった。BaPの経口投与におけるCyp1a1欠損マウスに胸腺、脾臓の萎縮、組織学的検討から骨髄の毒性がみられ、免疫毒性が致死の原因であることを示唆している。興味深いことに、野生型マウスに比較してCyp1a1欠損マウスの肝臓、小腸、脾臓、骨髄においてBaP誘導性DNA adductsが劇的に増加した。このことは、CYP1A1がBaP誘導性DNA adducts形成の主要な酵素であるという今までの説と明らかに相反しており、他のメカニズムの関与が推察された。Cyp1a1欠損マウスで観察された免疫毒性はCyp1a1/1b1ダブル欠損マウスで抑制された。これらの結果はBaPの経口投与が誘発した免疫毒性において、導誘されたCYP1A1がBaP毒性ではなく、むしろ毒性の抑制や解毒において極めて重要であることを示唆している。