抄録
未分化な造血前駆細胞のもつ異物代謝性化学物質受容体arylhydrocarbon receptor (AhR)は細胞増殖の抑制シグナルを惹起する。このことは、無処置のAhR-knockout(KO)マウスで観察される白血球数の増加によって背理的に示され、同様に種々の骨髄前駆細胞CFU-S-9やCFU-S-13の数でも有意な増加が認められる。無処置の野生型(Wt)マウスにおけるこうした造血の抑制シグナルを惹起するAhRに対する生理的リガンドは明らかではないが、AhRを介した異物の侵襲下で、造血前駆細胞が細胞周期からはずれてdormant分画に入り込むとするならば、合目的的ではある。ここで生ずる疑問は、そうした造血前駆細胞にAhRが局在するものの、異物代謝の場は肝臓にゆだねられるとした場合の不合理にある。この疑問を解決するため、Wtマウスに致死線量の放射線を照射した後、AhR-KOマウスの骨髄細胞を移植することで、Wtマウスの骨髄を再建した際の造血障害の発生の有無を検討した。結果として興味深いことに、AhR-KOマウス由来骨髄細胞で再建したマウスにベンゼンを暴露しても、造血障害は発生しなかった。このことは、Wtマウスにベンゼン暴露をした後の骨髄に、CYP2E1の高発現が観察されたことによっても裏付けられ、ベンゼンの造血毒性が骨髄特異的な異物代謝産物によって惹起される可能性を示している。今後AhR-KOマウスをWt骨髄細胞で再建する裏実験の結果が得られれば、以上の推測は明確化する。肝の異物代謝の役割については、いっそう疑問が残るのでこれについても明らかにしたい。