抄録
【目的】転写因子Nrf1はN結合型糖鎖が付加した糖タンパク質であり,糖鎖修飾型は小胞体膜に,脱糖鎖型は核に局在している。しか
し,その制御機構および重金属に対する防御的機能は明らかになっていない。一方,環境汚染重金属であるカドミウム(Cd)は動物実
験や疫学的調査から,動脈硬化や高血圧などの血管病変誘発因子であることが知られている。そこで本研究では,血管内皮細胞におけ
るCdの毒性発現に対するNrf1の防御的役割およびその分子機構の解明を目的とした。【方法】細胞:ウシ大動脈血管内皮細胞(BAEC)
を用いた。Nrf1のノックダウン:全長Nrf1を標的とするsiRNAを設計・導入した。mRNAの発現:リアルタイムPCR法にて測定した。
タンパク質の発現:ウエスタンブロット法を用いた。細胞内Cd蓄積量:ICP-MSで測定した。細胞毒性:MTT法やLDH法,形態学的
観察により評価した。【結果および考察】BAECにおいて,SDS-PAGE上にて約150 kDaの糖鎖結合型Nrf1の発現が観察された。そこ
でRNA干渉によりNrf1をノックダウンしたところ,Cdの細胞毒性は有意に増強された。同条件下において,細胞内Cd蓄積量に変化は
見られなかったが,NAD(P)H:キノン酸化還元酵素1やペルオキシレドキシン1などのARE下流の遺伝子産物の発現誘導レベルが減少
していた。次にカドミウムに対するNrf1の応答について検討したところ,興味深いことにカドミウムの曝露により約110 kDaの脱糖
鎖型Nrf1の発現量が濃度依存的に顕著に増加していた。加えて,そのほとんどが核に蓄積していた。このとき,Nrf1のmRNAの発現
誘導は見られなかったことから,カドミウムによりNrf1タンパク質の分解が抑制されている可能性が考えられた。そこでカドミウム曝
露によるNrf1タンパク質の安定性の変化を検討したところ,糖鎖結合型Nrf1の半減期に変化は見られなかったが,脱糖鎖型Nrf1の分
解半減期がカドミウムの曝露により増長していた。このことから,Nrf1はカドミウムの曝露により,脱糖鎖型が安定化を受けて核に蓄
積するストレス応答の転写因子であることが示唆された。本研究により,血管内皮細胞において,Nrf1はカドミウムに対する毒性防御
の細胞応答システムを担っていることが明らかとなった。