抄録
【目的】重金属結合タンパク質,メタロチオネイン(MT)は,亜鉛やカドミウムなどの重金属により誘導されるが,発がん性を有する6
価クロムはMT誘導を阻害する。MTの重金属による転写活性化に必須の転写因子,metal response element-binding transcription
factor-1(MTF-1)が,発がんに対して抑制的な作用を有することをいくつかの研究グループが示しており,6価クロムによる発がんの
一部は,MT発現の抑制によるものであることが予想される。我々は,MTF-1が亜鉛依存的に転写共役因子p300と複合体を形成し,
この複合体形成がMT誘導において重要な役割を果たしていること,さらに,6価クロムがこの複合体形成を阻害することを明らかにし
てきた。これらの知見をもとに,6価クロムによるMT誘導阻害機構の詳細を解明するための実験を行った。
【結果および考察】MTF-1欠損マウス胚線維芽細胞を用い,6価クロム前処理によるMT誘導阻害に対するMTF-1過剰発現およびp300
過剰発現の影響を調べた。その結果,これらの過剰発現により6価クロムによる阻害作用が減弱することが明らかとなった。特に,
p300過剰発現で減弱効果が顕著であった。そこで,p300のヒストンアセチル化活性に及ぼす6価クロムの阻害作用を測定した。6価
クロム,3価クロムおよび亜鉛についてアセチル化活性阻害作用を比較したが,これらの金属の作用に大きな差は認められなかったこ
とから,6価クロムによるMT転写阻害にヒストンアセチル化活性阻害は関与していないと考えられた。また,野生型細胞において,ヒ
ストン脱アセチル化酵素阻害剤を用いても,6価クロムによるMT転写の阻害が観察されたことから,MTプロモーター上のヒストンを
脱アセチル化状態とすることでMTの転写を阻害している可能性は低いと考えられた。p300には,ヒストンアセチル化以外の機構によっ
て転写を活性化するドメインが複数存在する。6価クロムは,これらヒストンアセチル化を介さない転写活性化機構に作用することで
転写を阻害していると考えられる。