抄録
GHS(化学物質の分類および表示に関する世界調和システム)による化学物質の健康有害性分類では,分類基準の適用に際し,証拠の重
み付けによる専門家判断が必要とされている。しかし,GHS文書にはその適用のタイミングや具体的項目に関する記述はない。そこ
で,本邦における安衛法,化管法,毒劇法関連物質等のGHS分類結果のレビュー経験に基づき,効果的な専門家判断のあり方を検討し
た。レビューでは次の問題点が認められた:1)限定的情報源の利用による他の主要情報源の不使用;2)資料の読込み不足による重要
情報の非抽出;3)データの質の未考慮による不適切な知見の引用;4)専門性の不足による影響の重要性の未判断。これらの改善には,
分類実施者の適任性確認に加え,専門家判断を情報源策定時および暫定分類終了時に実施するのが効果的であると考えられた。専門家
判断では,分類実施者による分類根拠(知見,出典,判断内容)に関し,情報源の網羅性および利用データの質を評価する。特に前者で
は重要情報や最新情報の利用の可否,後者では信頼性(方法の一般性,GLP適合性,不純物の影響,知見の明確性,記述の十分性など)
のみならず,妥当性(試験デザイン,用量相関性,生物学的/統計学的有意性,試験系など)および適切性(試験法の感受性/特異性,キー
スタディ,他の知見による支持,作用機序など)を考慮する。最終的には,相反する知見も含めた総合的なデータの重み付け解析から,
分類結果の的確性を判断する。しかし,その判断は勘と経験によるブラックボックスであってはならず,信頼性を確保するには科学的
基盤が必要である。そのために,専門家には次の事項が求められる:1)判断の透明性の確保;2)客観的で一貫性のある判断;3)GHS
分類基準およびレギュラトリーサイエンスの理解。加えて,専門家の具備する要件の明確化が必要と考えられる。