抄録
生体内で起こる様々な生命現象を分子レベルでとらえて画像化する技術は、近年、分子イメージングと呼ばれている。その主役であるpositron emission tomography (PET)は、ポジトロン放出核種で標識した放射性リガンドを生体内に投与し、その分布と経時的変化を体外から計測する核医学的手段である。PETでは投与する放射性リガンドの性質に応じて様々な生体機能の評価が可能である。特に、薬物の脳移行性を直接的ないし間接的に評価する手段として有用である。
血液脳関門に発現するP-glycoprotein(Pgp)は多くの薬物を基質とし、これらを能動的に排出することにより薬物の中枢移行を制限している。Pgpの機能に関しては、その基質であるverapamilを標識した [11C]verapamilを用いてPETによる評価が試みられている。我々はサルを用いて、特異的Pgp阻害薬の投与前後で[11C]verapamilの脳内取り込みを検討した結果、阻害剤投与後に[11C]verapamil の脳への取り込み量が著明に増加することを明らかにした。また、Pgpの基質となる薬物を併用することにより、薬物の脳移行性に変化が生じる可能性が考えられるが、健常人を対象としたPET研究において、cyclosporineにより[11C]verapamilの脳内移行が増加することが報告されている一方、我々の検討したところでは、clarithromycineでは変化がみられなかった。また、PgpをコードするMDR1の遺伝子多型間での[11C]verapamilの脳内の取り込みに関しては有意差を認めなかった。最近ではPgp以外の薬物輸送トランスポーターのイメージングも試みられている。
我々はさらに、薬物の脳内標的受容体での占有率を求めることにより、脳移行性を間接的に推定したり、向精神薬sulpirideを直接標識して、PETで脳移行性を測定することも行っている。いずれも人間を対象にin vivoで検討できることがPETの最大の強みである。