抄録
メチル水銀やカドミウムのような重金属は親電子性を有し、タンパク質の反応性システイン残基と共有結合を形成してその機能障害に関わることが知られている。一方、生体はそのような反応性の高い化学物質から身を守る感知・応答の適応システムを有しており、最も代表的なシステムとしてKeap1-Nrf2系が明らかにされている。すなわち、生体はセンサータンパク質であるKeap1の反応性システイン残基によって親電子物質を感知し、それが引き金となって普段は負に制御されている転写因子Nrf2の活性化を引き起こす。Nrf2は第二相異物代謝酵素群および第三相トランスポーター群の発現を一括制御していることから、細胞は反応性化学物質の解毒および細胞外への排泄を促進できる。最近我々は、このKeap1-Nrf2系が有機化合物だけでなく、重金属の毒性防御機構においても重要な役割を担っていることを明らかにした。言い換えれば、重金属の曝露によって観察される毒性の表現型は、毒性発現系がKeap1-Nrf2システムのような生体防御系の閾値を上回ったことによって恒常性が破綻した結果であると理解できる。加えて、薬剤や植物由来成分によるKeap1-Nrf2システムの効率的な活性化は、ホルミシス効果を介した化学防御への応用が期待されている。実際、我々はブロッコリー含有成分であるスルフォラファンやワサビ含有成分である6-HITCが、Nrf2の活性化を介してメチル水銀の生体内(細胞内)蓄積量を低下させ、その中毒症状を軽減できる働きを持つことを明らかにした。
本シンポジウムでは、我々が明らかにしてきた重金属毒性に対するKeap1-Nrf2システムの防御的役割を紹介し、当該システムを介した重金属の化学防御について考察する。