抄録
必須微量元素は,種々の酵素の活性中心として,また酵素構造の安定化などに重要な役割を果たしている。亜鉛に限定しても,シグナル伝達に関与する酵素や転写因子などの構造成分として機能しており,発生,分化,増殖などの様々な生物活性に関与している。したがって,特定のタンパク質に対してのみ金属を授受する化合物・錯体を見出すことが出来れば,特定の細胞機能を変化させることが可能になると考えられる。我々は,亜鉛を受け取るタンパク質として転写因子MTF-1を想定し,MTF-1に特異的に亜鉛を渡すハイブリット分子のスクリーニングを行った。MTF-1が亜鉛を受け取ったことは,MTF-1支配遺伝子であるメタロチオネイン(MT)遺伝子の発現から観察した。その結果,細胞のストレス応答を意味するヘムオキシゲナーゼ-1 誘導を起こさずにMTを誘導する亜鉛錯体としてbis(L-cysteinato)zincate(II) (Na2[Zn(cys)2])を見出した。次に,Na2[Zn(cys)2]の細胞内への亜鉛輸送能およびMTF-1への亜鉛供給能力を,硫酸亜鉛,および,以前からよく知られている亜鉛錯体である亜鉛ピリチオン(ZnPy)と比較した。MTF-1への亜鉛供給能をMTF-1のゲルシフトアッセイにより調べたところ,ZnPyと同程度の亜鉛供給能力を示した。一方,MT誘導に十分な量のNa2[65Zn(cys)2]を用い,細胞内65Zn量の変化を観察したところ,有意な増加は観察されなかった。65ZnSO4処理後には細胞内65Zn量は有意に増加することから,Na2[Zn(cys)2]は,細胞内への亜鉛輸送能が優れているのではなく,細胞内においてMTF-1への亜鉛供給能が優れているものと考えられた。本研究は,ハイブリット分子が特定のタンパク質に対して金属を授受できる可能性を示したものである。