抄録
溶液状態の抗体医薬は,ストレスに晒されると凝集体を形成する性質を持つが,凝集体形成は極力抑えることが求められる。演者らは,溶媒条件を系統的に変化させ,各条件における物理化学的パラメータとしてコロイド安定性と構造安定性に着目した研究を行ってきた。その結果,物理化学的パラメータと凝集体形成傾向の間には良い相関があり,従って,物理化学的パラメータの適切な評価により,凝集安定性を向上させる溶媒条件を探索可能であることを見出している。コロイド安定性は,超遠心沈降平衡法を用い天然状態の抗体溶液について第2ビリアル係数(B2)を求めることで評価可能であり,B2が正に大きな値を持つ(コロイド安定性が高い)溶液条件の方が40℃で3ヶ月保存した後の凝集体含有量は少ない値を示す。ここで,コロイド安定性は抗体が持つ静電的な性質により左右され,また添加する塩の種類によって静電的な分子間相互作用の程度は異なることから,B2の測定は最初は塩を出来るだけ低い濃度に抑えた条件で評価し,次に塩を添加しB2に対する塩の効果を評価するのが良い。抗体の種類により,塩の添加が凝集性に及ぼす効果は異なり,凝集抑制に働くことがあれば凝集促進となることもあるが,こうした性質はB2の評価により予測可能である。なお,DLVO理論に基づけばコロイド安定性は正味電荷(net charge)により評価可能であるが,電気泳動光散乱法により求めた正味電荷は必ずしもコロイド安定性を反映していなかった点には注意が必要である。一方,構造安定性は凍結融解や攪拌・震盪ストレスに対する凝集性と相関があるが,構造安定性の向上には糖類が有効である。このように抗体溶液の物理化学的パラメータ評価は凝集性予測に有効であり,多くの抗体の場合,想定されるストレスに対応した適切な溶媒条件を合理的に設定することで,凝集抑制を達成可能となりつつある。