抄録
遺伝毒性とは,遺伝子の本体であるDNAや染色体などに傷をつけることで,遺伝子や染色体の構造を変化させる作用である。DNAや染色体の傷害が生体の細胞に生じ,修復されず固定化されてしまうと,細胞のがん化や次世代に対して遺伝性疾患を引き起こすなど,生命に重篤な影響を与える可能性がある。そのため,開発中の医薬品,食品添加物,農薬および一般化学物質などについては,一般毒性などと合わせて遺伝毒性の評価が必要である。
遺伝毒性の有無を検出する試験(遺伝毒性試験)は,細菌などの微生物,培養細胞,実験動物などを用いて行われる。また,遺伝毒性を有する物質(遺伝毒性物質)はDNAや染色体に様々な形で傷害を引き起こすため,遺伝学的指標の異なるいくつかの試験を組み合わせて遺伝毒性を総合的に評価する必要がある。遺伝学的指標としては,① 遺伝子突然変異誘発性,② 染色体異常誘発性,③ DNA損傷性などが用いられる。このような試験で陽性となった物質は,ヒトに対する発がん物質や遺伝性疾患を引き起こす物質である可能性がある。
医薬品の非臨床安全性評価に関する国際的な基準であるICHガイドラインでは,遺伝毒性試験の標準的組み合わせとして2つのオプションが示されている。
オプション1:「細菌を用いる復帰突然変異試験」,「染色体傷害を検出するための細胞遺伝学的試験(in vitro分裂中期での染色体異常試験またはin vitro小核試験)またはマウスリンフォーマTk試験」,「in vitro遺伝毒性試験(一般には,げっ歯類造血細胞での染色体傷害,すなわち小核または分裂中期細胞の染色体異常を検出する試験)」の組み合わせ。
オプション2:「細菌を用いる復帰突然変異試験」,「2種類の異なる組織におけるin vitro遺伝毒性試験(一般には,げっ歯類造血細胞を用いる小核試験および2つ目のin vitro 試験)」の組み合わせ。
通常,いずれかのオプションを選択して試験を実施し,1試験でも陽性結果が得られた場合には追加試験を行い,より広範な検討を行う必要がある。
本発表では,遺伝毒性試験法やその評価について紹介する。