抄録
21世紀は、“エネルギー、資源、環境、ICTそして医療・バイオ”が社会の基盤技術であり、そこでのイノベーションは地球規模の持続可能性に必須である。そしていずれも、材料がイノベーション創出のカギである。21世紀の材料イノベーションはまず材料のリスクが管理された上でベネフィットが活かされ、社会受容を得て人類貢献を果たさなければならない。その意味で、材料の毒性研究の重要性は言を俟たない。
21世紀材料革新の一つがナノテクノロジーで、それを先導しているのがナノマテリアルそしてカーボンナノチューブである。ナノマテリアルの定義は、『少なくても材料の一次元が100nm以下の人工的に目的を持って生成される物質』と定義され、典型例が直径1nmのサッカーボール型分子のフラーレンや、カーボンナノチューブ(CNT)である。特にCNTは、ナノテク革新を先導している素材の一つである。ナノテクに先鞭をつけた走査トンネル顕微鏡でノーベル物理学賞を受賞したH.Rohrer先生は、『ナノテクは単なる微小化ではなく化学、物理、生物学が融合する従来技術とは非連続で異次元の技術』と説明している。ベネフィットとしては魅力的な革新的機能発現があるが、一方、当然のことながら生体影響や毒性は未知であり、当初から毒性や安全性が危惧された側面があった。特にCNTは外観がアスベストと似ており、ベネフィットを活かす上で毒性・安全性評価が応用展開上も必須の要件と認識された。
かかる背景のもと、ナノテクを先導する素材としてCNTの安全性研究が広く国研等において展開され、またNEDO中西プロジェクト等の公的プロジェクトや大学・企業共同研究などとしても推進された。TakagiらやPolandらはじめ多くの優れた論文、報告書が発表され、広範な知見が集積された1~4)。CNTの腹腔投与と中皮腫発生1,2)、吸入暴露、発がん性評価 5)そして複合材における劣化に伴う飛散挙動、CNT複合樹脂粉末の吸入毒性等、広範に毒性解析が進められた。最近、多層CNTについて米国NIOSHによる最新情報広報CIB65が公表された 6)。今後、CNTの生体内移動、ROSのsingle tubeレベルでの解明、超長期吸入暴露など毒性研究の推進が更に必要である。同時に、CNT等の安全なナノ構造設計法の開発も重要である。
『Safety for Success』が材料開発の出発点であり、そこでは材料工学と毒性・安全性領域の両分野の密接な連携研究が特に重要である。その上で、ナノ物質の利点を公共の利益に反映するために、『責任ある製造と応用の遵守』が基本である。CNTやナノ材料の毒性研究と応用開発のバランスある推進が今後の素材開発のモデルとなっていこう。毒性研究分野からの更なるご支援、ご協力を得て、ナノ材料やCNTが安全なナノテク・イノベーション(Safe Nanotech Innovation)を実現することを望んでいる。
終わりにご指導賜った国立医薬品食品衛生研究所菅野純先生.中央労働災害防止協会日本バイオアッセイ研究センター福島 昭治先生、信州大学医学部 斎藤直人先生、Rochester 大学G .Oberdorster 先生, NIOSH, V. Catranova 先生、 安全性研究共同研究者の信州大学鶴岡秀志博士の各位に厚く御礼申し上げる次第である。
参考文献;??1) Takagi A, Hirose A, Nishimura T, Fukumori N, Ogata A, Ohashi N, Kitajima S, Kanno J. J. Toxicol. Sci. 33, 105 (2008). 2) Craig A Poland, Rodger Duffin, Ian Kinloch, Andrew Maynard, William AH Wallace, Anthony Seaton, Vicki Stone, Simon Brown, William MacNee, Ken Donaldson, Nature Nanotechnology 3, 423 (2008). 3) NIOSH, “Progress Toward Safe Nanotechnology in The Work Places”, 2007. 4) EPA, “Nanotechnology White Paper”, February 2007 . 5) Linda M Sargent, Dale W Porter, Lauren M Staska, Ann F Hubbs, David T Lowry, Lori Battelli, Katelyn J Siegrist, Michael L Kashon, Robert R Mercer, Alison K Bauer, Bean T Chen, Jeffrey L Salisbury, David Frazer, Walter McKinney, Michael Andrew, Shuji Tsuruoka, Morinobu Endo, Kara L Fluharty, Vince Castranova, Steven H Reynolds , Particle and Fibre Toxicology 2014, 11:3 (9 January 2014). 6) Current Intelligence Bulletin 65: Occupational Exposure to Carbon Nanotubes and Nanofibers、NIOSH Publications and Products(http://www.cdc.gov/niosh/pubs/).