抄録
近年、活性酸素シグナル研究が急速に進展した。その成果により、酸化ストレス病態が単なる生体分子の酸化的損傷によるものではなく、活性酸素によるシグナル制御の破綻という機能的変化として理解されるようになってきた。一方我々は、活性酸素シグナルのセカンドメッセンジャーである8-ニトロ-cGMPの代謝制御に、システインイオウ付加体であるシステインパースルフィド(過イオウ化システイン)などの新規イオウ代謝物が深く関わることを見出した(Nature Chem. Biol. 2012)。すなわち、その代謝機構の本体は硫化水素ではなく、システインパースルフィドに代表される一連の活性イオウ分子種であり、この反応分子種が、8-ニトロ-cGMPと求核的脱ニトロ化・チオール化により新規環状ヌクレオチドである8-SH-cGMPを生成することが分かった。さらに、活性イオウ分子は、親分子であるシステインよりレドックス活性(求核性)が高く、強力な抗酸化能を有することが分かってきた。また、活性イオウ分子が、H-Rasなどの8-ニトロ-cGMPのエフェクターを負に制御することも明らかとなった。さらに興味深いことに、主要な活性イオウ分子であるシステインパースルフィドが、タンパク質翻訳後修飾としてレドックスシグナルの主要な制御系を構築していることも示唆されている。例えば、過イオウ化されたタンパク質のチオール側鎖は求核性が高まりレドックスセンサーとしての感度が上昇し、活性酸素のみならず、親電子性の低い分子状酸素のセンサーとして機能することで、レドックスセンシングと酸化ストレス応答の制御系として重要な役割を担っていると考えられる。我々は、この様なユニークなチオールバイオロジーに基づくメタボロームとプロテオームを確立し、生体の酸化ストレス応答と新規イオウ代謝経路の解明を試みている。本シンポジウムでは、この様な新規翻訳後修飾であるタンパク質過イオウ化を介する酸化ストレス制御システムについて、最新の知見を交えて議論したい。