抄録
医薬品の重篤な副作用発現は国民の保健と福祉を脅かすとともに、製薬企業の経営に重大な影響を与える要因ともなりうる。従って、医薬品のヒトでの安全性を精度よく予測および診断する新しい測定法、技術およびバイオマーカー等の開発が急務となっており、それによりトキシコゲノミクス研究の発展に対する期待も大きい。安全性研究分野においてオミクス技術の導入に期待されることとして、毒性メカニズムの解明、新規バイオマーカーの開発、そして病理組織学検査にみられるような主観的な評価に対してより客観性を持たせることなどが挙げられ、1990年代後半より医薬品開発現場への導入が進んだ。これらの企業サイドでの動きに呼応するように国レベルでの活動も始まり、本邦では、2002年度から国立医薬品食品衛生研究所が主体となり(2005年度より独立行政法人 医薬基盤研究所が主体)、多くの国内製薬企業が参加するトキシコゲノミクス研究に関わるコンソーシアム(トキシコゲノミクスプロジェクト)が設立され、産官学が連携した研究が精力的に進められてきた。一方で、“トキシコゲノミクス”は、当初、主に遺伝子発現プロファイル技術を応用した毒性学研究を意味していたが、最近ではゲノム全体の構造や機能等にも着目し、それらの解析を実現するゲノム技術も応用した毒性学研究として、以前より幅広く捉えられるようになってきている。この場合、従来の遺伝子発現プロファイルに基づく毒性学研究は、トキシコトランスクリプトミクスと呼ばれることになる。また、他のオミクス技術と融合したマルチオミクスのアプローチも盛んに用いられるようになってきている。
本シンポジウムでは、10年間に渡り官民共同事業として進められてきたトキシコゲノミクスプロジェクトの研究成果をトキシコゲノミクス研究の進展を示す事例として紹介するとともに、当該研究領域の将来像について考察する。