日本毒性学会学術年会
第42回日本毒性学会学術年会
セッションID: GA
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学会賞
健康環境医工学における毒性学研究の展開
*遠山 千春
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抄録
 今回の学術賞の対象となった研究は、私が2005年1月に東京大学大学院医学系研究科・疾患生命工学センター・健康環境医工学部門に赴任して以降の研究が主体である。我々は、疾患解明への寄与を念頭に環境有害因子による毒性学研究を進めるとともに、それを実現するために新たな技術開発を行ってきた。
 以下にこれらの研究と技術開発について概要を述べる。
 医薬品・農薬の場合、分子標的を想定した開発が行われるが、環境中化学物質の場合には特異的に反応する分子が見出されていない場合がほとんどである。ところで、ダイオキシンは生殖発生・学習機能・免疫機能の異常や発がんなど多彩な毒性を示し、その毒性発現には、細胞内のアリール炭化水素受容体(AhR)の存在が不可欠であるが、毒性メカニズムはほとんど未解明のままであった。我々はダイオキシンによる毒性の典型例とされていた齧歯類の新生仔に生じる水腎症の研究を行った。水腎症は尿管の閉塞により腎臓内に貯留した尿が腎実質を破壊する疾患と理解されている。しかしダイオキシンによる新生仔水腎症では尿管閉塞が生じないことから、尿管閉塞ではなくて腎・尿管機能異常が原因と考えられた。遺伝子発現解析を起点とした研究を実施し、発達期の腎臓において、ダイオキシンが生理活性物質であるプロスタグランジンE2(PGE2)の合成に関わる酵素であるcPLA2α、COX-2、mPGES-1 のそれぞれを誘導し、PGE2を過剰に合成することを見出した。これらの3つの酵素およびAhRについて、遺伝子欠損あるいは選択的阻害剤投与による実験を行い、それぞれ水腎症発症の原因遺伝子であることが証明できた。さらに、4種のPGE2受容体のうちでEP1が原因となって水・電解質の再吸収調節異常とそれに伴う尿量増加が水腎症を引き起こすことが明らかになった。AhRを介さずにCOX-2を発現上昇させるLi投与によっても水腎症が起こること、mPGES-1が水腎症の感受性決定因子になることが判明した。水腎症という病態解明にも資する情報が提供できたと考えている。
 次に、我々は認知行動毒性に焦点を当て、齧歯類の学習・記憶、情動、社会性を解析できるユニークな行動毒性試験法・解析法を考案・開発し、化学物質による高次脳機能への影響の解析を行った。一つはラットにおいて、地理情報と味情報をリンクさせる対連合学習が成立するかどうかを調べる試験である。胎仔期・授乳期に低用量ダイオキシン曝露を受けたラットではこの前頭前皮質に依存した対連合学習能力が低下することがわかった。もう一つは、マウスを最大16匹同時に飼育可能な全自動行動解析装置を用いた試験である。低用量ダイオキシン曝露マウスから生まれた仔が成獣になってから報酬(水飲み)に対する行動を調べたところ、行動柔軟性の低下、固執的行動の亢進、社会的競争環境における優位性の低下が生じることを明らかにした。この異常の背景には、内側前頭皮質と扁桃体の神経活動のアンバランスが生じている可能性が判明した。微量の化学物質へ曝露による高次脳機能障害の器質的異常を通常の組織学的検索で検出することは困難である。最近、我々は、ダイオキシンやビスフェノールAの周産期曝露を受けたマウスにおいて、神経細胞の樹状突起の長さ、分岐数、スパイン密度などの微細形態異常が生じていることを発見した。これらの結果より、化学物質による行動異常の誘導のメカニズムとして、微細形態変化によることが明らかとなった。
 謝辞: 共同研究者、ご支援いただいた方々ならびに助成団体に御礼申し上げる。
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© 2015 日本毒性学会
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