抄録
カドミウムや水銀等の有害重金属は、生体に対して重篤な障害を引き起こすことが知られている。これら有害重金属の毒性発現機構に関する研究は、国内外の様々な研究グループによって長年にわたって進められてきたものの、それらの分子レベルでの毒性発現機構については、ほとんど解明されていないのが現状である。
カドミウムは、イタイイタイ病の原因物質として知られており、主な慢性毒性として腎臓の近位尿細管機能障害を引き起こす。しかしながら、カドミウムによる腎毒性発現の分子機構については明確にされていない。本演者の所属研究室では「カドミウムのUBE2Dファミリー(E2ユビキチン転移酵素)遺伝子発現抑制を介したp53依存的アポトーシス誘導」に関する研究が進められてきた。本演者は、ヒト由来の腎近位尿細管上皮細胞(HK-2細胞)を用いて、カドミウムによるp53の過剰蓄積にUBE2Dファミリーのうち、UBE2D2やUBE2D4が直接関与していることをsiRNA法を利用して明らかにした。p53をノックダウンさせたHK-2細胞を用いて、カドミウムがp53過剰蓄積を介したアポトーシス誘導を引き起こすことを明らかにした。しかも、カドミウムによるp53依存的アポトーシス誘導に、下流遺伝子BAXやPUMAの発現上昇が関与していることも示した。なお、カドミウム長期曝露マウスの腎臓連続切片を用いた検討により、腎近位尿細管の同一部位でアポトーシスの誘導とp53の過剰蓄積が確認された。しかも、カドミウムによるUBE2D4遺伝子の発現抑制に、転写因子FOXF1の活性抑制が関わっていることも明らかにした。本演者はさらに、DNAマイクロアレイやProtein/DNAアッセイを駆使して、カドミウムによって発現変動する新規の遺伝子、および活性変動する新規の転写因子を複数同定することにも成功している。それらの因子の一部は細胞生存に関わっていることも確認されたことから、今後のカドミウム毒性発現機構の解明に貴重な情報を提供できると考えられる。
本演者はまた、メチル水銀の毒性発現に関わる標的因子の同定に関する研究も進めており、メチル水銀を曝露させたマウスの小脳で複数のC-Cケモカインの遺伝子発現が上昇することをDNAマイクロアレイ解析により見いだした。しかも、C-Cケモカインのうち、CCL4がメチル水銀によって脳特異的に発現上昇されることも明らかにした。メチル水銀は、水俣病の原因物質であり、中枢神経障害を主な中毒症状とする環境汚染物質であることから、メチル水銀により脳特異的な上昇作用を示す因子の同定は、今後のメチル水銀毒性発現機構の解明に繋がるものと期待される。