抄録
ナノマテリアルは、医薬品、工業製品、食品などに数多く使用され、我々が日常的に曝露し得る化学物質の一つとなっている。即ち我々は、老若男女を問わず、多岐にわたる経路からナノマテリアルを曝露し続けていると考えられ、ナノマテリアルの安全性評価を推進するうえでは、実際の曝露状況に則した慢性曝露に着目した検討が求められる。そこで本検討では、慢性影響の評価に向けた足がかりとして、ナノ粒子の中でも、最も多くの用途で利用されている、ナノ銀粒子を連日曝露し続けた際の細胞への影響を炎症誘発性の観点から評価した。粒子径10、50、100 nmのナノ銀粒子を、ヒト肺胞上皮細胞に最大3日まで連日曝露させ、炎症性サイトカインであるIL-8の産生量を測定した。その結果、いずれのナノ銀粒子を曝露した群においても、経時的にIL-8産生量が上昇すること、さらに、粒子径の減少に依存してIL-8産生量の増加が認められることが明らかとなった。同様の条件で起炎性物質であるLPSを曝露した際は、曝露後24時間以内にIL-8産生のピークが認められたことから、ナノ銀粒子は通常の化学物質と比較して、炎症応答が遅発的に誘発される可能性が考えられた。そこで、より詳細に炎症応答を評価するため、IL-8の上流にあたるMAPK(ERK、JNK、p38)の活性をウェスタンブロッティング法、阻害剤を用いた検討により解析した。その結果、ナノ銀粒子の曝露によりERK、JNK、p38の発現上昇とリン酸化の経時的な進行が認められ、各種阻害剤の存在下でIL-8産生量が有意に減少することが認められた。即ち、ナノ銀粒子によりMAPKを介してIL-8が産生されることが示された。現在、より長期間の検討における炎症誘発性の評価を行うと共に、細胞への移行や蓄積などの細胞内動態を加味することで、実際の曝露状況に基づいた炎症誘発の可能性について評価している。本研究が、慢性影響に着目したナノ安全科学研究の進展に貢献することを期待している。