抄録
【背景と目的】DNAに二重鎖切断が生じると、ヒストン構成タンパクの一種であるH2AXが速やかに、かつ広範囲にわたってリン酸化される。リン酸化H2AX(γH2AX)はDNA二重鎖切断の鋭敏なマーカーであることから、化学物質の遺伝毒性および発がん性評価への応用が期待されている。本研究では、種々の化学物質を投与したラット膀胱におけるγH2AX発現を検索し、膀胱に対する遺伝毒性/発がん性の早期検出指標としての応用可能性を検討した。
【方法】各群10匹の雄F344ラット(6週齢)に対し、遺伝毒性膀胱発がん物質(0.05% BBN, 1.8% 2-NA, 0.025% 2-AAF, 1% p-cresidine)、弱い膀胱発がん物質(2% BMP, 0.1% PEITC:いずれも遺伝毒性±)、非遺伝毒性膀胱発がん物質(0.2% DMA, 3% melamine, 3% uracil)、および膀胱を標的としない遺伝毒性発がん物質(0.04% glycidol, 0.001% DEN, 0.005% AA)を4週間混餌または飲水投与した。投与終了時に5匹、2週間の回復期間後に5匹を解剖し、膀胱粘膜におけるγH2AXおよび細胞増殖マーカーであるKi67発現を免疫組織化学的に検索した。
【結果】4週間の投与終了時点において、膀胱上皮でのγH2AX陽性細胞は対照群(1000細胞あたり0.9±0.6個)と比較し、遺伝毒性膀胱発がん物質を投与した4群ではいずれも有意に増加した(49±11~111±37)。一方、膀胱を標的としない遺伝毒性発がん物質では、3群ともにγH2AX発現の変化は認められなかった(0.7±0.4~2.2±2.0)。2週間の休薬後、すべての群でγH2AX発現は減少したが、BBN, 2-NA, 2-AAF群では対照群よりも有意に高い発現レベルを維持していた。Ki67発現は遺伝毒性膀胱発がん物質を投与した4群、および過形成誘発性のPEITC, melamine, uracilの3群で増加し、休薬後にはすべての群で低下した。以上の結果から、γH2AX免疫染色によって、膀胱に対して遺伝毒性を示す化学物質を短期間(4週間)の投与で検出し得ることが示唆された。