抄録
【目的】X染色体不活性化は胎生期にX染色体不活性化因子(Xist・Tsix)がX連鎖遺伝子発現を制御し雌雄の発現量を均一にする機構である。X連鎖遺伝子は千種以上存在、特に脳神経や雄性生殖、免疫発達の関連遺伝子を多く有し、胎生期化学物質環境の次世代健康に作用することが予見される。これまでに発表者らはディーゼル排ガス (Kumamoto, JToxSci, 2013) やビスフェノールA (Kumamoto, JToxSci, 2013) 胎仔期曝露がXistとそのアンチセンスのTsixを変化させることを報告している。今回、学習・認知発達影響や中枢神経毒性が報告されているベンゾ[a]ピレン(BaP)の胎仔期曝露を実施、X染色体不活性化因子およびX連鎖性脳神経発達関連遺伝子の発現変動を中心に解析した。 【方法】ICR系妊娠マウスに20、80、320 mg/kgのBaPを妊娠7から15日目まで1日おきに胃内強制経口投与した。その雌性出生仔を4、11、46日齢に解剖に供し、大脳部を摘出、リアルタイムPCR法により遺伝子発現変動を検討した。検討遺伝子はX染色体不活性化因子のXistおよびTsix、X連鎖性脳発達関連遺伝子としてFmr1、Gdi1、Nlgn3、Ophn1、Pak3、ARとした。46日齢では血清中エストラジオール濃度をELISA法により解析した。統計処理はDunnett 法とした。 【結果】4日齢においてはXistおよびNlgn3、ARの減少、11日齢においてはXistおよびARの減少が認められた。46日齢においてはXistに変化が認められなかったが、Tsixの減少とともに、Fmr1、Pak3、Gdi1の上昇が認められた。46日齢では体重と大脳重量の有意な低下、エストラジオール濃度の曝露濃度依存的な増加が認められた。 【考察】Xistの減少またはTsixの上昇はX連鎖遺伝子を減少方向に、Xistの上昇またはTsixの減少はX連鎖遺伝子を上昇方向に変動させており、X染色体不活性化因子の変動の方向性がX連鎖遺伝子の変動を決定づける可能性が示唆された。BaP投与の脳発達影響との関連は不明であったが、変動の法則性が見いだされ、XistとTsixをバイオマーカーとした胎仔期化学物質曝露の毒性予測システムが構築される可能性がある。