抄録
薬物依存を理解するためには、薬物の乱用・依存・中毒という3つの鍵概念をその経時的相互関係の中で理解することが重要である.
薬物乱用とは薬物を社会的許容から逸脱した方法・目的で自己使用することをいう。規制薬物の自己使用はもちろんのこと,有機溶剤,各種ガスの目的外使用,医薬品の目的外使用及び指示に反する自己使用も薬物乱用である.
薬物乱用という行為を繰り返すと薬物依存という病態に陥る.薬効が切れてくると薬物を再度使いたいという渇望に打ち勝てずに、その薬物を再使用してしまう状態である。これを理解するためには精神依存と身体依存という2つの概念を理解する必要がある.身体依存とは、薬物使用により生じた人体の馴化の結果であり、その薬効が切れてくると離脱症状が出てくる状態である.退薬時の苦痛を避けるために薬物を再使用してしまう.一方、精神依存とは、その薬効が切れてくると、その薬物を再度摂取したいという渇望が湧いてきて、その渇望をコントロールできずに薬物を再使用してしまう状態である.そして,精神依存こそが薬物依存の本態である.これに関係する脳内変化としては,中脳の腹側被蓋野から側坐核に至るA10神経系(脳内報酬系)の異常がどの依存性薬物にも共通している.
薬物中毒には、急性中毒と慢性中毒との2種類がある。急性中毒とは依存の存在に関わりなく、薬物を乱用さえすれば誰でも陥る可能性のある状態である。一方、慢性中毒とは、薬物依存の存在の下でその薬物の使用を繰り返すことによって生じる人体の慢性持続性の異常状態である。依存に基づく飲酒による肝硬変,依存に基づく喫煙による肺がんなどが典型である.
薬物依存を「治す」薬物療法はない.慢性疾患としての糖尿病や高血圧症に近い状態だと考えられる.したがって、薬物依存症の治療とは再使用しないように自己コントロールし続けることをサポートすることになる.現在,認知行動療法が注目されている.