抄録
【背景・目的】ヒ素およびヒ素化合物は国際がん研究機関がグループ1に分類する発がん物質である。近年、胎児期にヒ素曝露された子供の成長後に肝がんを含む発がんが増加することが疫学研究により報告された。我々は、C3Hマウスを用いた実験により、胎児期にヒ素曝露したマウスから産まれたF1世代、さらにはF2世代でも、74週齢のオスで肝腫瘍の発症率が増加することを明らかにした。しかしながら、F2世代に胎児期ヒ素曝露の影響が現れるメカニズムは不明である。本研究では、F2世代での肝腫瘍増加のメカニズムを探索する目的で、ヒ素により肝細胞のフェノタイプがどのように変化するのかを検討した。
【実験】C3HマウスF0の妊娠8~10日に85 ppmの亜ヒ酸ナトリウムを飲水投与し、産まれたF1世代、F2世代のオスの腫瘍がない肝臓からコラゲナーゼ灌流により肝細胞を分離した。得られた肝細胞をコラーゲンコートのdishに播種し、37度で培養した。4時間後にdish内からランダムで10箇所選び、dishに接着している細胞数を測定した。播種前のF2世代の肝細胞からRNAを調製し、マイクロアレイによる遺伝子発現の網羅的解析をおこなった。
【結果・考察】F2世代74週齢のヒ素曝露群では、コラーゲンコートdishに接着する肝細胞数が対照群と比較して有意に減少することがわかった。このdishへの接着細胞数の有意な減少は、F1世代74週齢においても観測された。したがって、胎児期ヒ素曝露の影響がF2世代にも現れていることが明らかになった。F2世代74週齢における肝細胞の網羅的遺伝子発現解析の結果、発がんの要因の1つと考えられている慢性炎症に関連する複数の遺伝子の発現がヒ素曝露群で変化していることがわかった。以上の結果から、胎児期ヒ素曝露したF2世代において肝腫瘍が増加するメカニズムに、肝細胞のフェノタイプおよび慢性炎症に関連する遺伝子発現の変化が関与する可能性が示唆された。