抄録
高齢になると記憶力の低下がみられるが、加齢に伴う認知機能低下のメカニズムについては不明な点が多い。記憶を司る海馬には亜鉛が多く存在し、亜鉛シグナル(Zn2+)は記憶に必要である。海馬の神経過剰興奮は、記憶の分子基盤とされる長期増強(LTP)の減弱を介して記憶を障害する。この障害には、過剰興奮による細胞外Zn2+の細胞内過剰流入が関与することを、若齢ラットを用いて明らかにした。一方、老齢ラットでは若齢ラットに比べて海馬細胞外の亜鉛濃度が高いことから、神経過剰興奮時に記憶が障害されやすい可能性がある。この可能性を検証するため、高濃度KCl投与による神経過剰興奮誘発時の海馬LTP減弱と細胞外Zn2+流入を、老齢ラットを用いて検討した。
7週齢(若齢)または60週齢以上(老齢)のラットの貫通線維を麻酔下で電気刺激し、その投射先の海馬歯状回顆粒細胞層にカニューレ付き記録電極を挿入した。歯状回顆粒細胞層に100 mM KCl, 1 µLをカニューレを介して投与し、1時間後に高頻度刺激によりLTPを誘導した。また、ラット脳スライスを作製し、KCl添加前後の歯状回の細胞内Zn2+レベルをZnAF-2DAを用いて画像化し定量した。
若齢ラットの歯状回にKCl 1 µLを投与してもLTPは減弱しなかったが、老齢ラットでは有意に減弱した。このLTP減弱は、KClと細胞外Zn2+キレータ(CaEDTA)の同時投与により回避された。一方、定常状態において歯状回顆粒細胞内Zn2+レベルは若齢と老齢のラットで有意差は見られなかったが、KClを添加すると、細胞内Zn2+レベルは老齢ラットでのみ有意に増加し、この増加はCaEDTAで細胞外Zn2+流入をブロックすることにより回避された。以上、老齢ラットの海馬では神経過剰興奮が惹起されやすく、この興奮により細胞外Zn2+が過剰に神経細胞内に流入しLTPを障害することが明らかとなった。加齢に伴う認知機能の低下に海馬細胞外Zn2+が関与することが考えられる。