抄録
アルツハイマー病(AD)の発症原因として、アミロイドβ(Aβ)が可溶性のオリゴマーを形成することが注目されている。AβはAD患者の脳で見られる老人斑の主成分であり、健常人でも脳細胞外液に200~1000 pM存在すると報告されている。一方、Zn2+は、海馬で記憶の調節因子として機能し、脳細胞外液に約10 nM存在する。また、Zn2+はAβのオリゴマー形成を促進する。本研究では、AD発症前の物忘れ(短期記憶障害)にZn-Aβオリゴマーが関与すると考え、記憶の分子メカニズムである長期増強(Long-term potentiation; LTP)を指標に、Aβによる記憶障害にZn2+が関与するかを検証した。
麻酔した若齢ラットの歯状回領域にカニューレを介してヒトAβ1-42(25 pmol, 1 μL)を投与し、1時間後に貫通線維束を電気刺激してLTPを誘導した。その結果、LTPは障害され、ZnCl2(50 pmol, 1 μL)をAβと同時投与すると、Aβ単独投与よりLTP障害が強まった。Aβ投与により細胞内Zn2+レベルは顕著に上昇した。そこで、細胞外及び細胞内Zn2+キレータを同時投与したところ、Aβ投与によるLTP障害は回避された。更に、Aβを同様に歯状回投与すると物体認識記憶が一過性に障害され、この障害はZn2+キレータの同時投与により回避された。以上から、Aβは細胞外Zn2+と相互作用し、細胞内Zn2+を増加させLTPや記憶を障害することが示唆された。
さらに、LTPを障害するAβ濃度を明らかにするために、歯状回領域に微小透析膜を挿入し、Aβを灌流して1時間後にLTPを誘導した。その結果、1 μM Aβを灌流してもLTPは障害されなかったが、ZnCl2(10 nM)を添加すると、5 nM AβでLTPは障害され、細胞外Zn2+キレータの同時灌流によりLTP障害は回避された。細胞外Aβが正常レベルより数倍高い濃度に上昇すると記憶が障害されることが示唆された。
本研究により、Aβによる記憶障害には、細胞外Zn2+が必要であり、正常な脳において何らかの原因で細胞外Aβ濃度が数倍程度に増加すると、記憶が障害されることが示唆された。