抄録
胎仔期・授乳期に様々な化学物質の曝露を受けた個体は、成熟後に行動異常や高次脳機能異常が顕れることが様々な行動試験によって明らかにされている。新生仔の生体応答・毒性発現の解析のため、この曝露時期において分子生物学的・組織学的手法を用いた検討は行われているが、生理学的・行動科学的知見はほとんどない。その理由は新生仔では脳機能や運動機能が未発達なため適切な行動試験法がほとんどないことによる。それゆえ新生仔期の生理学的特徴を踏まえた新規行動試験系を構築することは、時期特異的な毒性メカニズムを解明するために重要な意味を持ちうる。そこで、本研究では我々は新生仔マウスが生後約1週間において盛んに発する超音波発声能に着目した。この時期の仔マウスは周波数領域30−100 kHz程度の超音波を発することで母獣の養育行動を求めると考えられている。実験では、C57BL/6J系統マウスの妊娠12.5日目に2,3,7,8-四塩素化ジベンゾパラジオキシン(TCDD)を0、0.6、3.0 μg/kg b.w.の用量で経口単回投与した。出生後3−12日目の仔マウスをホットプレート(30°Cあるいは37°C)上に1匹ずつ置いて超音波を1分間測定し、30−100 kHz領域の超音波について発声時間ならびに発声回数を群間比較した。その結果、30°C条件下ではTCDD 3.0 μg/kg曝露群は対照群と比べ、超音波の発声時間ならびに発声回数が有意に低下していた。一方、TCDD 0.6 μg/kg曝露群と対照群との間に変化は認められなかった。37°C条件下では発声時間と発声回数ともにTCDD曝露による影響は観察されなかった。これらの結果から、周産期TCDD曝露が新生仔マウスの温度刺激依存的な超音波発声行動に影響を与えていることが明らかとなった。今後は化学物質曝露が超音波発声を阻害するメカニズムの解明を行うとともに、周産期曝露による毒性影響が報告されている他の化学物質についても実験を行い、超音波のエンドポイントとしての有用性を確認していく。