抄録
国際的な化学物質管理に関する戦略的アプローチ(SAICM)に沿って化学物質を適切に管理するためには、化学物質の有害性と暴露を定量的に評価し、ヒト健康と環境影響に関するリスクを科学的に解析することが重要である。
トリエタノールアミン 4 級塩(TEAQ)は衣料用柔軟仕上げ剤に配合される陽イオン性界面活性剤であり、工業的に製造されるTEAQはアルキル鎖の炭素数や一分子当たりのエステル結合数が異なる同族体(結合数に応じてモノ体・ジ体・トリ体と表記)から構成される混合物である。TEAQの各成分は物理化学的性状の違いに由来して環境中での挙動が大きく異なることが予想されることから、精緻なリスクアセスメントには個々の成分についての実環境を考慮した環境挙動の把握が重要と考えられる。
そこで、TEAQを構成する各成分の物性を考慮した条件を設定の上、好気反応槽を再現したシミュレーション試験(OECD TG 314B)および都市下水処理場を対象とした野外調査により、環境中濃度に大きく寄与する下水処理場での動態(消失速度、除去率等)を明らかにすることを試みた。なお、試験には汚泥由来の夾雑物による定量性の低下を改善するため、構造の一部を重水素化したTEAQを用いた。その結果、TEAQは試験開始直後から全成分が汚泥に吸着して水層中から除去されるとともに、汚泥層中で速やかに濃度低下することが明らかとなった。分解速度はトリ体→ジ体→モノ体の順で大きくなったが、試験終了時には全成分で>99.7%の除去率を示した。また、シミュレーション試験より算出した下水処理除去率は野外調査から得られた除去率と良好に一致することから、OECD TG 314Bが野外調査の代替試験となる可能性が示唆された。
以上の検討より、環境に対するリスクを科学的に解析するには実環境を考慮した挙動の把握が重要であり、TEAQは実環境中で高い除去性を示すことが示唆された。