抄録
グリア細胞は、多彩な脳機能を制御している。従って、その破綻は脳機能に大きな影響を与える。種々の脳疾患、外傷、精神疾患、さらに各種神経変性疾患等では、先ずグリア細胞の性質が変化し、これがこれら疾患の直接の病因になり得ること、さらに疾患の慢性化、難治化に関与していることが報告され、注目を集めている。このように、脳の生理・病態生理機能と密接に関係するグリア細胞であるが、中枢に移行する種々の医薬品、化学物質、環境汚染物質等がグリア細胞に与える影響についてはほとんど知られていない。本研究では、ミクログリアが、メチル水銀(MeHg)誘発神経毒性を二方向性に制御していることを報告する。ミクログリアは、脳内環境の高感度センサーとして機能しており、低濃度MeHg(~0.1 µM)に曝露された際に、先ずミクログリアが感知・応答して様々なシグナルカスケードを活性化した。大脳皮質スライス培養標本にMeHgを添加すると、曝露初期にはミクログリアは神経保護作用を呈するが、慢性期にはむしろ神経障害作用を呈した。曝露初期の応答は(1)VNUT依存的なATP開講放出、(2)ATP/P2Y1受容体を介したMeHg情報のアストロサイトへの伝達、(3)アストロサイト性神経保護分子(IL-6、adenosine等)産生、による神経保護作用であった。慢性期は、(4)ミクログリアの炎症型フェノタイプへの変化、(5)ミクログリアのROCK活性化、(6) 炎症性サイトカイン産生・放出、による神経障害作用であった。慢性期の神経障害はこのミクログリアの応答依存的であった。最近、水俣病の慢性期の神経症状緩和に、ROCK阻害薬が有効である可能性が示唆され注目を集めている。ROCKを含むミクログリアの持続的活性化が、MeHg誘発性神経障害の分子病態と強くリンクしていること、またその制御が治療に有効である可能性についても考察する。