抄録
【目的】室内環境化学物質による健康被害の顕在化によってシックハウス対策が講じられ10年以上が経過し、代替溶剤等による新たな室内空気汚染が懸念されていることから、現在、室内濃度指針値の見直しあるいは対象物質の追加に関する議論が進められている。本研究では第20回 シックハウス (室内空気汚染) 問題に関する検討会において室内濃度指針値策定候補物質に追加された2-Ethyl-1-hexanol、Texanol、TXIBを対象として、化学物質による気道刺激に重要な役割を果たす侵害受容体TRP (Transient Receptor Potential Channel)イオンチャネル活性化について、ヒトTRPA1および新たに樹立したマウスTRPA1安定発現細胞株を用いて検討を行った。
【方法】ヒトTRPA1およびマウスTRPA1の安定発現細胞株を用いて、細胞内カルシウム濃度の増加を指標として対象化合物のイオンチャネルの活性化能を評価した。カルシウム濃度の測定にはFLIPR Calcium 6 Assay Kitを用い、蛍光強度の時間的な変化をFlexStation 3で記録した。
【結果および考察】2-Ethyl-1-hexanolはヒトTRPA1およびマウスTRPA1のいずれに対しても濃度依存的な活性化を引き起こし、そのEC50値には顕著な差は認められなかった。一方、TexanolはヒトTRPA1については典型的なSigmoid型の濃度反応曲線を示したのに対して、マウスTRPA1については500 µMを超える濃度範囲で活性が阻害される所謂ベル型の挙動を示すことが判明した。TXIBについては、本評価条件においてはTRPA1の活性化は認められなかった。以上の結果から、2-Ethyl-1-hexanolとTexanolは、TRPA1の活性化を介して気道過敏の亢進を引き起こす可能性があること、さらに、Texanolに対する応答性にはヒトとマウスで種差があることが示唆されたことから、これら化合物に関する安全性評価を行う際には種差を十分に考慮する必要があると考えられる。