抄録
多くの天然化学物質は濃度勾配に逆らいう能動輸送のための装置であるトランスポターが必要となる。人工化学物質である薬剤や食品汚染物質においても、構造がよく似た栄養素吸収あるいは排出のためのトランスポターを利用する場合が多い。したがって、毒性影響を知るためには、トランスポターの異常による恒常性機能の攪乱は有用な情報である。
Hartnup病は、中性アミノ酸輸送のトランスポター(SLC6A19)の変異により起こる劣性遺伝性疾患である。ペラグラ様皮膚炎、精神症状や知能障害引を呈する。しかし、一方、尿のマススクリーニングで発見された症例は無症状のものがほとんどであり、発症にはSLC6A19の変異に加えて環境要因が想定されるが、Hartnup病の症状の変動の原因は、長く謎であった。
SCL6A19は、トリプトファンなど体内でナイアシンに代謝される中性アミノ酸輸送体であるため、異常が起こるとナイアシンは欠乏し、神経精神症状を呈する。しかし、食物中のトリプトファンからも腸内細菌により合成されるため、Hartnup病でもナイアシンは補充される。症状が、間歇的である理由として下痢などにより腸内細菌の変動が考えられる。また、トリプトファンからナイアシンへの変換には、ビタミンB6が必要であり、肝臓での代謝過程で、ピリドキシンとの構造上の類似している結核薬イソニアジッドは拮抗阻害を有し、ナイアシン合成を抑制し、結核の治療中にHartnup病と同様の症状を呈する。またSLC6A19同様に、中鎖脂肪酸の輸送体であるカルニチントランスポター(SLC22A5)でも、症状の発現は環境要因により修飾を受ける。
このように、遺伝的素因としてのトランスポターによる症状は、栄養条件や腸内細菌、投与薬剤などの修飾を受け極めて複雑であり、トランスポーター異常による恒常性機能のかく乱の程度は、栄養条件や環境要因に依存する。