抄録
石綿(アスベスト)は、IARCによって発がん物質とされているが、繊維状ケイ酸塩鉱物の総称であり、蛇紋石族(クリソタイル)と角閃石族(クロシドライトなど)に分かれる。繊維状とは、顕微鏡レベルでアスペクト比が3:1以上の粒子として確認された場合である。そのうち、クリソタイルの化学組成は、ほぼ等量のSiO2とMgOからなり、Feを含まない。光学顕微鏡や低倍率の電子顕微鏡での観察では、クリソタイルはしなやかにカールしているようにみえる。また、クリソタイルは、体内で溶解する、あるいはマクロファージによって貧食される、また、表面がプラスに帯電しているため鉄蛋白を吸着しにくいなどの性質から、石綿小体(アスベスト小体)を形成し難く、石綿繊維あるいは石綿小体の計測では、石綿への曝露状態を評価しにくいとされている。
1980年代から疫学的調査では、クリソタイル曝露者のがんによる死亡リスクの上昇は明らかでなく、クリソタイルの肺の発がんリスクはアモサイトの1/10、クロシドライトの1/50とされてきた。しかし2000年代に入って、10μm以上の長くて細いクリソタイルは、肺がんあるいは石綿肺のみならず、中皮腫についても発がんリスクを上げるとの指摘がみられ、発がん性に関する見解は一定であるとはいい難い。クリソタイルによる発がん機序としては、マクロファージによる不完全な貧食作用(frustrated phagocytosis)がもたらす活性酸素種(reactive oxygen species, ROS)の産生によるDNA損傷などが考えられている。実験的には、ラット腹腔内へのクリソタイルの投与によって肉腫型中皮腫が生じると報告されるが、その要因としてはクリソタイルが局所に体内鉄を集めることが重視されている。
ナノマテリアルによる発がんは、クリソタイルによる発がんと同様の機序によるかもしれない。