抄録
規制科学の分野では、遺伝毒性物質の作用には閾値がないとされており、遺伝毒性メカニズムに基づく発がん物質にADI(一日許容摂取量)は設定されず、食品添加物、農薬、動物用医薬品としての使用は認められていない。遺伝毒性物質は、かつては「放射線類似作用物質(radiomimetic substance)」と呼ばれ、放射線と同様に染色体DNAに作用して突然変異や染色体異常を誘発する物質として考えられてきた。放射線の人体に対する作用には閾値がないと考えられていることから、遺伝毒性物質についても閾値はなく、どのように低用量であっても一定のリスクを伴う物質として管理(規制)されている。上記の閾値を示さない遺伝毒性物質は、DNAに反応して突然変異や染色体異常を誘発する物質(DNA reactive genotoxic substances)、すなわち変異原物質(mutagen)だが、染色体の分裂や分配に関わる蛋白質を標的にして染色体異常を誘発する物質(DNA non-reactive genotoxic substances)も多数ある遺伝毒性試験のいくつかでは陽性となるため、閾値設定の有無に関しては遺伝毒性誘発のメカニズムに対する考察が必要となる。DNAと反応して突然変異を誘発する変異原物質を検出する最も信頼できる試験はAmes試験であるが、in vitro試験であるためin vivoで遺伝子突然変異を検出する試験系(例えばトランスジェニックげっ歯類遺伝子突然変異試験)の結果が閾値の設定において重要となる。本シンポジウムでは、いくつかの化学物質のin vitro、in vivo遺伝毒性試験の結果に基づいてそのメカニズムを考察し、閾値設定の可否について考察する。