抄録
1990年代後半にNrf2欠失マウスが報告されて以来、転写因子Nrf2の生体における機能貢献やその制御の分子メカニズムが同マウスを用いて精力的に検討されてきた。しかし、マウスでは実施できない実験・外科手術などがあり、本マウスの作出以来20年を超えて、生体におけるNrf2の一部の生理機能解析の進展は滞っていたことは否めない。一方、昨今のゲノム編集技術の発展は、マウス以外の動物の遺伝子改変を可能としているので、私は、この新技術を取り入れてNrf2欠失ラットの作出に挑んだ。マウスと同様にNrf2欠失ラットは胎生致死にならずに出生した。また、Nrf2はラットでも多くの解毒代謝や抗酸化に働く遺伝子群の発現に関与していた。ところで、アフラトキシンB1(AFB1)は食品中に寄生するカビが産生する毒物であるが、その活性代謝物はDNAに結合して遺伝子変異を引き起こすため、AFB1は肝臓がんの原因物質となる。しかし、マウスはAFB1の解毒に関わるグルタチオンS-転移酵素(GST)の発現が恒常的に高いために、ヒトで見られるようなAFB1の毒性はマウスでは再現できない。そこで、私はNrf2欠失ラットを用いて、AFB1の解毒代謝に対するNrf2の貢献を調べた。AFB1の解毒代謝経路に関わるGSTとアルド-ケト還元酵素(AKR)はいずれもNrf2の標的遺伝子であり、Nrf2欠失ラットではAFB1の毒性代謝物が上昇し、解毒代謝物の産生が抑制された。さらに、Nrf2欠失ラットは野生型ラットでは致死性を示さない量のAFB1に対して感受性を示し、Nrf2がAFB1の解毒代謝に重要であることも実証された(Taguchi et al. Toxicol Sci, 2016)。本研究は、Nrf2欠失ラットの新出により、マウスでは不可能だった実験モデルを可能とし、毒性学に新しいツールを提供する。