抄録
環境化学物質が次世代の健全な発育を障害する可能性については、長年にわたり国内外で危惧されている。これらの多くは、ホルモンのアゴニストやアンタゴニスト、いわゆる内分泌撹乱作用によって毒性作用を示すと考えられてきた。しかし、ホルモン受容体への親和性は、内在性ホルモンと比べると遥かに小さい物質が殆どであるため、障害性の全てを受容体への作用のみで結論づけることは難しいと思われる。さらに、ホルモン作用の亢進や抑制がどの種の障害にどのように直結するのかは殆ど理解されていない。
ホルモンは、発達期において組織の分化や成熟を制御する生理活性物質として重要である。しかし、このような視点での発達期に着目した研究は、これまで十分に行われていなかった。演者は、発達期におけるホルモン作用の撹乱が内分泌撹乱物質による次世代影響の根底にあるとの仮説の検証を目指し、ラットを用いた解析研究を行ってきた。具体的には、代表的な内分泌撹乱物質であるダイオキシンの妊娠期曝露が胎児~新生児期の内分泌系に及ぼす影響を解析すると共に、成長後の障害との関連性を検証した。種々の解析の結果、ダイオキシンは出生前後に脳下垂体 luteinizing hormone (LH) の発現抑制によって生殖腺の性ホルモン合成を低下させること、ならびにこの一過的な影響が成長後に見られる性成熟障害の一端を担うとの新規毒性機構が実証された。本成果は、化学物質による次世代影響が胎児期の一過的影響を起点に生じることを明確に示すものであり、毒性学的研究における新たな展開として重要と考えられる。引き続き、障害の全容解明を目指し、胎児期の性ホルモン低下が神経成熟に及ぼす影響に着目した研究を実施している。
演者は最近、上記の成果を基盤とする次世代影響の in vivo 評価法への応用に向けた取り組みも展開中である。すなわち、di(2-ethylhexyl)phthalate (DEHP)、ビスフェノールA (BPA)、臭素系難燃剤および重金属等の十数種類の内分泌撹乱物質につき、妊娠ラットへの単回経口投与による胎児脳下垂体-生殖腺系への影響を調査した。その結果、DEHP、BPAおよびBPAF (フッ素化BPA) が、胎児精巣における性ホルモン合成能を低下させうることを見出した。さらに、現実の曝露に即した妊娠期飲水曝露法を用いた検討の結果、CdCl2 および Pb(OCOCH3)2 も同様に性ホルモン合成系の発現を低下させる事実が判明した。しかし、これらの化合物には、いずれも胎児期の LH発現抑制作用は見られず、多くの内分泌撹乱物質がダイオキシンと異なる機構で胎児の性ホルモン撹乱作用を発揮する可能性が浮上した。多種多様な化学物質が存在する現代社会において、各々が異なる機構で生体影響を示す事実から、複合曝露による相加・相乗的影響の問題が懸念される。本研究をさらに発展させ、内分泌撹乱物質が次世代に及ぼすホルモン撹乱作用とこれに基づく障害の実態を明らかにしていきたい。