多環芳香族炭化水素の一種であるアセナフチレン(CAS:208-96-8)は、不完全燃焼したコールタール等から大気中に放出され、環境経由でキノコ等に取り込まれ、ヒトに経口曝露し得る。一部の多環芳香族炭化水素は変異原性や発がん性を示すことが知られているが、アセナフチレンは安全性評価を行うための毒性情報が不足していた。そこで、我が国の化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律(化審法)におけるスクリーニング評価に必要な情報を得るため、国の既存化学物質点検プログラムにおいて、本物質の28日間反復投与毒性試験(OECD TG407)及び遺伝毒性試験(Ames試験及びin vitro染色体異常試験;OECD TG471及び473)が実施された。反復投与試験では雌雄Crl:CD(SD)ラットにアセナフチレン0、4、20、100 mg/kg/dayの用量で強制経口投与した。その結果、最高用量群では、流涎、立ち上がり回数及び握力の低値が雌に、自発運動の低値が雌雄に認められ、摂餌量及び体重の低値が雌雄でみられた。また、同群では、腎臓への影響を示唆する摂水量・尿量の増加や尿沈渣における小円形上皮細胞の発現頻度の増加傾向、尿細管上皮細胞の好塩基性化及び軽微な単細胞壊死が雌雄全例で認められた。その他、最高用量群では、雌雄ともにコレステロール及びリン脂質の高値等、肝臓への影響を示唆する変化も認められた。また、投与量20 mg/kg以上の雌雄で相対肝重量の有意な増加が、20 mg/kg以上の雄及び100 mg/kgの雌において軽微な小葉中心性肝細胞肥大が認められた。これらの所見は概ね回復傾向を示した。以上より、本試験におけるアセナフチレンの無影響量は4 mg/kg/dayであると判断した。遺伝毒性については、Ames試験は陰性、in vitro染色体異常試験は染色体構造異常誘発性に関して陽性であった。本安全性試験により、アセナフチレンの亜急性毒性の標的臓器は肝臓及び腎臓であり、染色体異常を誘発することが明らかとなり、国際的に初めて本物質の有用な毒性情報を得ることが出来た。