【目的】有機リン系難燃剤は様々な素材の燃焼を防止する目的で使用されているが、近年に水圏環境への汚染が問題となっている。実際に中国における調査の結果、血中および胎盤中から有機リン系難燃剤が検出されたことが報告された。有機リン系難燃剤の中には核内受容体であるperoxisome proliferator-activated receptor γ (PPARγ)のアゴニストとなるものがあることが明らかとなっているが、PPARγは胎盤の内分泌機能を制御し、妊娠の維持に関与している事が知られている。したがって、有機リン系難燃剤がPPARγを介して胎盤の内分泌機能を撹乱する可能性が考えられる。そこで本研究では、胎盤で検出された有機リン系難燃剤のPPARγアゴニスト活性を評価し、胎盤内分泌機能に対する影響について検討を行った。
【方法】PPARγアゴニスト活性は、レポーターアッセイにより評価した。また、ヒト胎盤細胞株であるJAR細胞に被験物質を48時間処理後、生成されるプロゲステロンをエンザイムイムノアッセイによって定量を行った。また、3β-HSD I mRNA発現量を定量的RT-PCRにより測定した。
【結果】過去に報告のあった、Triphenyl phosphate (TPhP)、Tributyl phosphate (TBP)の他に新たに、2-ethylhexyl diphenyl phosphate (EHDPP)がPPARγアゴニスト活性を有する事が明らかとなった。また、TPhPは20µM以上、EHDPPは10µM以上で、JAR細胞のプロゲステロン産生を有意に上昇させた。また、これらの化合物は3β-HSD I mRNA発現量も濃度依存的に有意に上昇させた。さらに、JAR細胞のPPARγ mRNA発現をノックダウンしたところ、EHDPPの作用は減弱した。
【考察】EHDPPは、PPARγを介してヒト胎盤のプロゲステロン産生を上昇させることが明らかとなった。現時点での胎盤中の有機リン系難燃剤の濃度は、内分泌機能に影響を及ぼす濃度を下回っていたため、そのリスクは小さいと考えられるが、今後注意を要すると考えられる。