日本毒性学会学術年会
第46回日本毒性学会学術年会
セッションID: EL2
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教育講演
毒性学に新しい視点をもたらす血管の毒性学
*鍜冶 利幸
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抄録

 毒性学は現実の科学である。対象,曝露濃度,曝露時間,毒性指標などの研究条件は,原則として実際に人に起こったか,少なくとも現実的に起こり得るものに限られる。血管の生物学が1980年代以降に急速に発展したのに対し,血管を標的とする毒物の例が大きな問題にならなかった経緯もあって血管の毒性学は国際的にも停滞が続いていた。しかしながら,生活習慣病として重要な循環器疾患に環境汚染物質が関与するのではないかという観点から,血管の毒性学に属する研究が少しずつではあるが疫学や動物実験を中心に行われてきた。

 我々はそのような研究のメカニズムを解明するための重金属の血管毒性研究を進めてきたが,血管の毒性学の意義はそれにとどまらないことに気づいた。すなわち,「血管は,あらゆる組織に普遍的に存在するので,血管の機能障害が重金属の器官毒性に影響を及ぼす可能性を常に考えなくてはならない」「器官実質細胞は血管内皮細胞を経ることなく重金属に曝露することは不可能なので,内皮細胞は重金属毒性の標的になり得る」「重金属の器官毒性における血管毒性の影響の大きさと現れ方は,その器官を構成する細胞によって異なる」。

 血管を構成するcell typeはその血管の大きさによって異なるが,共通しているのは内皮細胞が血管内腔を一層で覆っていることである。メチル水銀は代表的な神経毒であるが,それによる大脳障害は深い脳溝の周囲に限局して発生する。その理由として,メチル水銀が引き起こす脳浮腫が深い脳溝で循環障害を発生させることが示唆されていた(浮腫仮説)。我々はメチル水銀の血管毒性を解析し,浮腫仮説に分子基盤が存在することを示した。

 血管毒性を視野に入れることで不明であったメカニズムが理解できた一例である。血管の毒性学が新しい視点をもたらし,毒性学研究が前進することを期待している。

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