【目的】Bisphenol-A(BPA)が内分泌かく乱物質として認知されてから40年近くが経過した。BPAは継続的にプラスチック原料等に使用され、すでに現代社会に欠くことの出来ない化学物質である。海洋を含むその環境中濃度は現在でも増え続けていると予想される。近年、周産期のBPA低用量曝露が中枢神経系および脳発達に影響を及ぼすことが“ほぼ確実とされるほどに多数”報告されるようになった。本研究では、妊娠マウスに低用量のBPAを曝露し、産仔が成長した後、大脳海馬におけるDNAメチル化の差違、ならびに遺伝子発現の変化を網羅解析し、BPA影響がどれほどのものか別角度から検証した。
【方法】妊娠C57BL/6JマウスにBPA(0, 2, 20, 200 µg/kg/bw)を12日間連続経口投与、産仔雄35日齢大脳海馬を採取、DNA/RNAを回収、タイリングアレイ(385,000 probe)による網羅的DNAメチル化解析、マイクロアレイ(19,801 probe)による網羅的遺伝子発現解析、バリデーションにMeDIP-PCRとRT-qPCRを行った。
【結果・考察】対照群(n=3)とBPA 20 µg/kg投与群(n=3)を比較したが、メチル化解析および発現解析ともに、2倍以上0.5以下の有意な変化を示す遺伝子は検出出来なかった。しかし発現変動のクラスター類似性が認められたため、微弱ではあるが変化のあった5遺伝子をRT-qPCRでバリデーションしたところ、ユビキチンリガーゼ複合体構成要素の一つであるElongin B(Elob)にBPAによる用量依存的増加傾向が認められた。MeDIP-PCRによるElob遺伝子転写開始点上流のメチル化レベル解析では、有意ではないものの発現とは逆に用量依存的低下傾向が認められ、さらに解析したマウスの同一個体内では、Elob遺伝子メチル化レベルと発現レベルに有意な負の相関が認められた。これらの結果より、影響のレベルは微弱(negligible/subtle)ではあるものの、胎児期BPA曝露は分化途上の海馬に影響を及ぼし、そのエピゲノムの変化が成長後まで残る可能性が示唆された。