【目的】最近我々は、メチル水銀を投与したマウス脳内で炎症性サイトカインであるTNF-αが組織特異的に発現誘導されることを見出した。また、リコンビナントTNF-αを培地に添加することによって培養神経細胞のメチル水銀毒性が増強されたことから、マウス脳内でのTNF-α発現誘導がメチル水銀による神経毒性に関与する可能性が示唆されている。本研究では、メチル水銀によるTNF-α発現誘導に関わるマウス脳内細胞種の特定とその機構について検討した。
【結果・考察】7週齢のC57BL/6マウスにメチル水銀 (25 mg/kg) を単回皮下投与したところ、脳全体においてTNF-αを発現している細胞が観察された。また、これらの細胞はミクログリアマーカーであるIba1に対する免疫染色が陽性であったことから、メチル水銀によるマウス脳内でのTNF-α発現誘導にはミクログリアが関与していることが示唆された。単離した初代ミクログリアにおいてもメチル水銀によるTNF-α発現誘導が認められたが、本誘導は転写阻害剤の前処理によって完全に抑制された。このことは、メチル水銀によるミクログリアでのTNF-α発現誘導には、何らかの転写因子の活性化が関与することを示唆している。TNF-α発現誘導には転写因子として主にNF-κBおよびAP-1が関与することが知られている。リン酸化を指標として両転写因子の活性化を調べたところ、メチル水銀の処理時間に依存してp65(NF-κB構成因子)およびc-jun(AP-1構成因子)のリン酸化レベルが増加した。さらに、それぞれの阻害剤で初代ミクログリアを処理したところ、メチル水銀によるTNF-α mRNAレベルの増加がAP-1阻害剤によって抑制された。以上のことから、メチル水銀はミクログリアにおいてAP-1を活性化させることでマウス脳内でのTNF-α発現誘導に関与している可能性が示唆された。