【背景及び目的】我々は、神経障害物質の発達期曝露による成熟後に及ぶ海馬神経新生の不可逆影響を見出している。本研究では、その中で抗甲状腺剤のプロピルチオウラシル (PTU)、HDAC阻害剤のバルプロ酸 (VPA)、軸索末端傷害物質のグリシドール (GLY)のラット発達期曝露例で、不可逆影響の指標となりやすいDNA過メチル化に着目して、神経新生部位における過メチル化・下方制御遺伝子を網羅的に探索した。
【方法】妊娠ラットにPTU、VPA、GLYを妊娠6日目から出産後21日目まで飲水投与し、生後21日目に児動物の海馬歯状回について、Methyl-Seq及びRNA-Seq解析を実施した。
【結果及び考察】対照群と比較して、転写開始点から2 kb以内のCpGでメチル化率が20%以上増加し、mRNA発現が2倍以上減少した遺伝子を同定した。そのうち、PTU、VPA、GLYでそれぞれ247、81、181遺伝子、3物質に共通で24遺伝子が神経関連であり、多くは神経分化に関連するものであった。PTUではHes5, Ror2、VPAではTead3, Sox2、GLYではAfdn, Dll1などが神経幹・前駆細胞関連遺伝子として同定され、顆粒細胞系譜の永続的な分化障害が示唆された。PTUでは更に、神経前駆細胞の増殖に機能するIgf, Shh, Fgf2, Egfも同定され、既にPTUで報告してあるtype-2a前駆細胞の永続的な減少への関与が示唆された。VPAで同定されたAscl1はGABA性介在ニューロン前駆細胞に発現し、既にVPAで報告してあるGAD67+介在ニューロンの永続的な減少への関与が示唆された。GLYでは神経分化(Dll1, Dlx2)の他、軸索形成 (Baiap2, Amigo1)、樹状突起発達 (Kalrn, Gsk3b)に機能する遺伝子も同定され、既にGLYで報告してある一過性の未熟顆粒細胞の減少への関与が示唆された。3物質に共通してGABA性介在ニューロンに発現するPvalb、神経可塑性に関わるArc, Atp2b2の下方制御が見出されたが、多くの発達神経毒性物質に共通して生じる二次的なメチル化である可能性が示唆された。