妊娠中に癌と診断される女性は1000人に1人であり、その半数が乳癌である。妊娠中の乳癌は非妊娠時に比べて進行が早く、抗癌剤による治療が行われる場合が少なくない。したがって、妊娠中の化学療法では胎児に対する影響が最小限となる治療法の選択が重要である。しかしながら、抗癌剤の母体から胎児への移行性や胎児中の薬物分布に関する知見は乏しい。そのため、抗癌剤を母体に投与した場合、胎児への影響を予測することは困難である。本研究では、妊娠中の乳癌に対する第一選択薬doxorubicinの胎児への影響を薬物動態学及び発生学の観点から解析した。
Doxorubicinはアントラサイクリン骨格を有していることから蛍光を用いた解析が可能となる利点がある。我々は、このdoxorubicinの利点を活かして、母体に投与したdoxorubicinの胎児中の薬物分布を解析した。その結果、doxorubicinは母体から胎児の脳へと移行し、特に、大脳皮質領域に蓄積していることを明らかにした。この時期の胎児の大脳皮質領域では、神経幹細胞からニューロンへの分化が活発であり、doxorubicinがこの過程に影響を及ぼすことが危惧される。そこで本研究では、胎児の神経発生に対するdoxorubicinの影響を解析するために、母体から胎児の脳に移行したdoxorubicin量の経時変化を検討した。その結果、母体にdoxorubicinを投与すると、胎児の脳へと速やかに移行すること及び、その脳内濃度は投与24時間後に最大となることが明らかとなった。最後に、これまでの結果を基に神経幹細胞の分化に対する影響を解析すると、doxorubicinが神経幹細胞からニューロンへの分化を促進していることが明らかとなった。今後、doxorubicinを投与したマウスから生まれた子供の知的機能への影響についても解析を進める予定である。