【目的】Transient Receptor Potential (TRP) イオンチャネルは6回膜貫通型の構造をもつ非選択的なカチオンチャネルであり、温度刺激や機械刺激の他に、さまざまな化学物質によっても活性化する一群の侵害受容体である。近年、生活環境中の多種、多様な化学物質による気道刺激にTRPA1あるいはTRPV1などのTRPイオンチャネルが関与することが明らかにされつつある。そこで、本研究では、バニラ香料として繁用されているVanillinやEthyl Vanillin、およびその類縁化合物によるヒトおよびマウスTRPA1活性化の種差について検討した。
【方法】ヒトTRPA1 (hTRPA1) およびマウスTRPA1 (mTRPA1) を安定的に発現するFlp-In 293細胞をPoly-D-Lysineコート96-wellプレートに播種して一晩培養した。翌日、細胞内カルシウム蛍光指示薬 (Calcium 6) を添加してさらに2時間培養したのちに、被験物質の曝露による蛍光強度 (励起波長485 nm、蛍光波長525 nm) の変化をマイクロプレートリーダー (FlexStation 3) で測定した。
【結果と考察】VanillinおよびEthyl Vanillinを含む19化合物についてTRPA1活性化能を検討した結果、hTRPA1では14化合物、mTRPA1では12化合物に陽性対照 (Cinnamaldehyde, 500 µM) の50%を超えるTRPA1活性化能が認められた。これらの化合物の中で、Ethyl VanillinおよびVeratraldehydeではヒトとマウスのEC50値の間に約3倍,Methyl 3-(4-Hydroxy-3-methoxy)cinnamateでは約5倍の差異が認められた。また、ある種のエステル類は加水分解によってTRPA1活性化能が低下することも明らかとなった。これらの結果は、化学物質のTRPA1依存的な気道刺激性をげっ歯類からヒトに外挿する際には種差を十分に考慮する必要があること、気道に発現するカルボキシルエステラーゼなどの異物代謝酵素が気道刺激性の種差に寄与する可能性があることを示している。