銀ナノ粒子(AgNPs)は抗菌作用を有し、化粧品や医療用器具などに用いられている。近年、AgNPsはゼブラフィッシュ脳の形成異常など中枢神経毒性を引き起こすことが報告されるようになってきたが、ヒトへの影響は不明な点が多い。そこで本研究では、ヒトiPS細胞を用いて神経系の形成におけるAgNPs曝露の影響を検討した。iPS細胞からの神経分化誘導にはTGFβ及びBMPシグナル阻害剤によるDual SMAD阻害法を用いた。
まず濃度の異なるAgNPs曝露(0-0.3 µg/ml、24時間)後のiPS細胞を用いて神経分化誘導を行い、マーカー発現の検討を行った。その結果、0.1 µg/ml以上のAgNPs曝露により、神経誘導4日目までに神経外胚葉マーカーPAX6の発現が30%以上低下することを見出した。さらにAgNPs曝露により、神経誘導6、8日目までにそれぞれ神経外胚葉マーカーFOXG1、神経前駆マーカーNestinの発現が低下することも見出した。次に、AgNPs曝露によりiPS細胞内ATP量が減少したことからミトコンドリアに着目し、その機能維持に必須である形態に対する影響を調べた。その結果、AgNPs曝露により、ミトコンドリアの融合に重要なMfn1蛋白発現が減少し、分裂形態のミトコンドリアを有する細胞数の増加が認められた。さらにAgNPsの神経分化阻害とミトコンドリア毒性との関連を明らかにするために、Mfn1をノックダウンしたiPS細胞を用いて神経分化誘導を行った結果、AgNPs曝露と同様に、神経誘導に伴うPAX6、FOXG1、Nestinの発現低下が認められた。
以上の結果から、ヒトiPS細胞において、AgNPs曝露によりMfn1蛋白質が減少し、ミトコンドリア機能が低下することによって、神経分化が抑制される可能性が示唆された。