法中毒学における薬物分析の目的は、事件現場に残された試料、事件関係者から採取された生体試料等の中に含有される薬物の種類や量を調べることにより、事件と薬物との関係を明らかにするための科学的な客観証拠を得ることである。
薬物摂取の証明に一般的に使用される生体試料は尿や血液であるが、尿や血液中の薬物は数日以内に体内から消失するため、試料採取が遅れた場合には薬物を検出できない。一方、毛髪には薬物が長期間残存し、数か月以上経過後に採取された毛髪であっても薬物を検出できる場合がある。また、摂取された薬物の一部は血液を介して毛根部に取り込まれ、毛髪の成長とともに薬物の存在位置が毛先側に移動するため、採取された毛髪内の薬物分布と毛髪の成長速度から摂取時期をある程度推定することができる。したがって、毛髪は、薬物検査における尿や血液の代替試料として有用である。
しかしながら、毛髪内に取り込まれる薬物は微量であり、分析を妨害する夾雑成分が多いため、確実に薬物を検出・同定するには高度な分析法が要求される。また、毛髪への薬物取込の詳細なメカニズムは未だ解明されておらず、外部からの付着の可能性も考慮する必要があるため、分析結果の解釈には注意を要する。
本講演では、我が国で最も乱用されている規制薬物である覚醒剤と大麻、性犯罪等に悪用される事例が多い睡眠薬を分析対象とした毛髪中薬物分析法と分析結果の解釈について発表する。また、我々が最近開発した、1本の毛髪を0.4 mm間隔(1日の平均的な成長速度に相当する長さ)に分画し、毛髪内の薬物分布を測定する分析手法(マイクロ分画分析)とそれを応用した薬物摂取日特定法について紹介する。