発がん性物質は、遺伝毒性発がん性物質と非遺伝毒性発がん性物質に分類できる。一般に前者には閾値がないとされているため、摂取量をゼロにしない限り、発がんリスクもゼロにならない。一方、後者には閾値が存在するため、低レベルの非遺伝毒性発がん性物質の発がんリスクは無いとされ、ADIが設定できる。実際、食品安全委員会では農薬等に発がん性が認められたとしても、遺伝毒性がない限り、発がん性は問題とはならない。日本人が食事を介して摂取する残留農薬、食品添加物のレベルはADIを遙かに下回るため、遺伝毒性の無いこれら化学物質の発がん試験は意味がないのかもしれない。遺伝毒性の中で閾値が問題となるのは変異原性(突然変異誘発性)である。突然変異はゲノムの不可逆的且つ永続的変化であり、たった一つの突然変異でもがんを引き起こす可能性がある。Ames試験はバクテリアの特徴を生かし、化学物質の変異原性を最大限に検出できるようにデザインされている。Ames試験で陽性を示す化学物質は必ずしも生体で突然変異を誘発するわけではないが、DNAと反応し、DNA付加体を形成する構造(ポテンシャル)をもつ。化学物質の構造から発がん性を予測する研究は古くから行われている。1960年代、James & Elizabeth Millerらは多くの発がん性化学物質、もしくはその代謝物は、求電子性をもち、DNAやタンパク質などの求核性基と結合し、がんを引き起こすという求電子理論を唱えた。その理論を実証したのがAmes試験である。従って、Ames試験は、発がん性化学物質を検出するin vitroモデルである。現在では求電子理論に基づく構造活性相関(QSAR)によって高い精度で化学物質の変異原性、すなわち発がん性が予測することができる。今後、AIやDeep learningを導入することにより、その精度は飛躍的に向上することが期待される。