日本毒性学会学術年会
第48回日本毒性学会学術年会
セッションID: AWL1
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学会賞
行政利用を目的とした定量的有害性評価手法の開発
*広瀬 明彦
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抄録

 化学物質、特に環境汚染物質や工業用の化学物質の定量的リスク評価手法は、この20年間に大きく変わってきている。それまでの慢性毒性試験のNOAELに対して安全係数として100を適用してきた手法に対して、慢性影響以外の様々なエンドポイントを生涯曝露に対する許容摂取量の根拠とするケースが増えてきている他、安全係数に体内動態の種差の概念を取り入れたりするという新たな係数を導入したり、用量反応性の評価にはベンチマークドース(BMD)手法を用いたりするようになってきている。このBMD手法は、NOAELが設定できない毒性試験結果を用いて許容値を設定する際のNOAELの代用となる出発点(POD:Point of departure)を算出できるという利点に加え、遺伝毒性発がん物質のリスク評価におけるPODを求める手法としても使用されるようになってきており、適用される機会が増えてきている。BMDの計算においては、国際的に標準的に使用できる汎用ソフトウェアとして、米国EPAやオランダRIVMが開発したBMDSやPROASTを容易に利用できる環境が整っているものの、それらのソフトウェアの中に含まれるどの数理モデルによるBMDL計算値を採用すれば良いかについての国際的な規準がなく、実際のところはBMD法の積極的な行政活用の障壁となっている。

 我々は、食品健康影響評価研究として、BMDLを計算する際のベンチマークレスポンス(BMR)の設定や数理モデルの選択規準について、様々な毒性試験データを適用して行政利用に最適且つ保守的なBMDLを求めることができるBMD法の適用基準の確立を試みた。理想的には、生物学的なメカニズムに基づいて作成された数理モデルを適合させてBMDLを求めるべきではであるが、環境汚染物質のような化学物質の毒性反応に対して生物学的知見に基づくモデルを設定できることは希であり、現実的には生物統計学的にこれまでに利用されてきた代表的な統計モデルの中からもっとも適合度の高いモデルを選択する必要がある。また、得られた実験結果が必ずしも真の用量反応モデルに最も近い反応曲線を示すという保証はないので、AIC(Akaike Information Criterion)等のモデル適合性を判定する統計量がもっとも小さいモデルがもっとも適したモデルとは限らないと考えた。また、モデル適合に用いる数理モデルの数式における各パラメーターの設定においては、生物学的にあり得ない反応曲線を制限する場合があるが、そもそも生物学的モデルの適用を諦めて汎用統計モデルを選択するというBMD法の適用の前提条件からすると、実験データの低用量域における統計モデルの適合性を重要視すべきであり、パラメーター制限を優先するべきではないという結論にいった。これらのポリシーに則り、統一的なBMDの適用ガイダンスを設定した。しかし、近年ではこのモデル選択における不確実性を解消するために数理モデルを平均化する手法が主流になりつつあるが、新たな課題もでてきている。

 一方、許容値を設定できるような毒性情報のない微量曝露の化学物質を包括的に管理するためのリスク評価手法としてTTCの概念の活用が進んできているが、非発がん影響に対するTTCは食品香料の評価以外にはあまり適用されていなかった。それに対して、我々は、器具・容器包装の溶出物質評価に対して、非発がん影響のTTCの概念を適用したリスク評価基準を提案することも行ってきた。

 本講演では、これまで我々が行ってきたBMD法やTTCの行政利用を目的とした適用手法の開発研究を紹介するが、そもそも行政的に利用している許容値等の定量的なリスク評価の規準はどうあるべきかについても考えたい。

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