世界人口が急増する中、地球規模の気候変動に伴い多くの食用作物が病害虫や雑草の被害によって失われている。農業の現場で農薬は、このような作物の損失を防ぐための重要な資材である。安全な食糧を供給するため各国政府は農薬の登録制度を定め、その枠組みの中で作物、作業者、消費者、環境に対する4つの安全性が確認される。そのためには、毒性、残留、環境運命など多岐にわたる試験データが求められ、有害性と曝露量を基に年齢や性別を考慮したリスク評価を受け、安全性が担保される条件で使用が認可される。ヒト健康有害性評価の中で、発がん性(Carcinogenicity)、遺伝毒性(Mutagenicity)、生殖毒性(Reproduction toxicity)の三項目(CMR)は重要な毒性エンドポイントとして認識されている。げっ歯類を用いる発がん性試験では、特定の腫瘍発生頻度が対照群と比べ統計学的に有意な増加を示すこともある。その場合、生化学的や分子生物学的手法と病理学的検査を組み合わせた有害性発現経路(AOP: Adverse Outcome Pathway)解明のためのメカニズム試験成績は外挿性評価に有用な情報となる。in vitro遺伝毒性試験がequivocalやpositiveとなる場合、in vivo遺伝毒性試験結果によって生体に対する遺伝毒性が判断される。その際、標的組織の細胞毒性や標的組織への曝露証明は重要なポイントとなる。また、生殖機能や次世代動物に対する影響が示唆される場合、ホルモン値の測定や初期のキーイベント検索は、証拠の重みづけの指標となりうる。このように、標準的な毒性パッケージでみられた変化に対応した毒性メカニズム検討は、ヒトに対するリスク評価において重要である。農薬をめぐるレギュラトリーサイエンスの現状は、日欧米で公開されている評価書を参照することで把握できる。