動物は毒物の体内への取り込みを避けねばならない。動物はそもそも毒物の摂取を避けるメカニズムとして苦味感覚を持っている。哺乳類では、口腔の味細胞に発現したTAS2Rファミリーが、苦味受容体タンパク質として機能し、食物中の毒分子と結合することで「苦い」という神経シグナルがもたらされる。白亜紀後期から適応放散を果たした哺乳類は、さまざまな食性グループに進化している。その中でもとりわけ、植物食に依存した哺乳類は植物中の毒性のある二次代謝物質にさらされやすく、より広汎な毒物を苦味として受容する必要がある。そのため、植物食傾向の強い哺乳類では、ゲノム中のTAS2Rファミリーの遺伝子数が劇的に増加しており、認識できる毒物のレパートリーを増やしている。私たちヒト自身もまた、哺乳類全体で見てもTAS2Rファミリーのサイズはトップレベルで、そもそもは樹上性の植物食霊長類として進化したことが関係している。こうしたTAS2Rファミリーの拡大は、毒物代謝酵素の進化とも連動しており、肝臓に発現する代謝酵素であるCYPファミリーもまた、植物食哺乳類で拡大している。当初、TAS2Rファミリーは口腔の味細胞で苦味受容の機能を持つものとして発見されたが、その後の研究で、消化管上皮など口腔以外の組織での機能的な発現も認められた。単なる毒物センサーとしてだけでなく、消化・代謝の制御にも、直接的・関節的に関わっている可能性がある。近年、次世代DNAシークエンシング技術の革新によって、多くの非モデル哺乳類グループのゲノムや遺伝子発現を調べることが可能になった。苦味受容体の進化の観点から、多様な食性を持つ哺乳類グループを対象とした、網羅的比較ゲノム・遺伝子発現解析の方法論と知見について紹介する。