抄録
統合失調症の治療に大きな足跡を残した中井久夫が禅との関わりをもったことは、あまり知られていない。しかし、座談会の様な場での発言には、禅的な体験が患者との関わりのなかで、一つの基盤となっていたことが語られている。また、中井との対話が、対話相手から禅問答のようだと受けとめられることもあった。そのような対話を掘り下げてみると、宗教性と言っても良い性質がそこには見られる。中井はそのような体験の質が、精神科医を傲慢にさせるという自戒を持っていた。臨床から離れた段階で、中井はカトリック信仰を選択することによって、その傲慢さを封じ込めたと言えるのではないか。